広島地方裁判所 事件番号不詳 判決
右の者等に対する業務妨害被告事件につき檢事岡谷良文関與の上審理を遂げ左の通り判決する。
主文
被告人内藤知周、渡〓力人、森繁平、日鷹亮〓、沖田重男、佃友一、森本幸設、松宮伸雄、三上孝、中村和生、篠原一男、小川〓美、益田重〓を各懲役三月に処する。
但し右被告人全部に対し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部右被告人等の連帶負担とする。
被告人高野弘は無罪
理由
被告人内藤知周は日本共産党中國地方委員会常任委員、同渡〓力人は同党廣島地区常任書記、同森繁平は同党廣島地区東部細胞郡常任委員、同日鷹亮〓は右細胞郡常任書記、同沖田重雄は廣島鉄道局業務部審査課雇員、同佃友一は同鉄道局業務部審査課鉄道手、同森本幸設は國鉄岡山管理部施設課技官、同松宮伸雄は國鉄呉線坂駅預備駅務係、同三上孝、中村和生、篠原一男、小川〓美は三菱重工業株式会社廣島造船所の工員、同益田重〓は新制中学敎官であるが、國鉄松山機関区乘務員会は昭和廿三年七月十六日一部仕業を除く全仕業に機関助手二人乘務を要求して爭議に入り同年八月五日から無期限全面的罷業に突入したが同日之に対処し運輸省より廣島鉄道局長に対し四國鉄道局に機関車乘務員三十名至急助勤方手配せよとの業務命令があり廣島鉄道局長に於ては管下廣島、下関、岡山各管理部長に対し夫々十二名、九名、九名の助勤取扱方を指令した結果下関管理部長より同管理部管下の下関小郡機関区所属機関車乘務員中機関士山本賢佑外八名が同月九日より同月末日迄の期間四國鉄道局松山管理部え出張を命ぜられ同月十日午前八時廣島市宇品町廣島縣栄棧橋より乘船し松山に赴くこととなつたところ之を聞知した被告人等は松山機関区のストライキを有利に展開する爲前記乘務員等が松山に向うことを阻止しなければならぬと考え、同日午前七時三十分頃から三々伍々右棧橋人口である宇品海運株式会社待合室前附近に集り、助勤者の來るのを待ち受けているところえ午前七時四十五分頃山本賢佑外八名の助勤者を乘せた自動車が到着するや被告人等は助勤者の乘船を阻止しようと企て被告人内藤は右待合室入口前に進み出で待合室に入らんとする助勤者等を呼び止め松山機関区爭議の意義を説き飜意方説得に努め高野を除く、その他の被告人等は其の間内藤の背後である間口三間の同待合室入口全面にスクラムを組んで立ちふさがり以つて高野を除く被告人等は共謀して約五分間に亘り多衆の威力を用い右助勤者等の待合室に進入するを阻止し以て、運輸省の業務を妨害したが出帆時刻の迫るに及び助勤者等の一部はスクラムの間隙より、他はスクラムの中央を突破して通過しようとしたので被告人内藤及高野を除く、その他の被告人等は共謀の上助勤者の乘船を阻止する爲其の内松本正外二、三名を取り囲み輪型のスクラムを作つて押もみ、其の脱出の自由を奪い定刻より稍遅れ松山汽船の出帆する直前迄十分前後に亘り右助勤者等の乘船を阻害し以つて威力を用いて運輸省の業務を妨害すると共に松本正外二、三名の助勤者に対し多衆の威力を示し暴行を加えたものである。
以上の事実中各被告人の職業の点は被告人等の当公廷に於ける各関係部分同旨の供述により之を認め昭和廿三年七月十六日國鉄松山機関区が一部仕業を除く全仕業に機関助士二人乘務を要求して爭議に入り、同年八月五日から無期限全面的罷業に突入したことは証人山内元春(第十回)山形勝治(第十四回)の当公廷に於ける各右と同旨の供述により之を認め運輸省に於ては之に対処する爲廣島鉄道局長に対し四國鉄道局に機関車乘務員三十名を至急助勤方手配せよとの業務命令を発し廣島鉄道局長に於ては管下廣島、下関、岡山各管理部長に対し夫々十二名、九名、九名を四國鉄道局に助勤派遣方指令したことは同年八月十四日付廣島鉄道局長より廣島地方檢察廳檢事正宛松山機関区助勤派遣顛末報告書に右同旨の記載あるにより之を認め右指令に基き下関管理部長は管下下関小郡各機関区長を通じ同所属機関車乘務員山本賢佑外八名に同年八月九日以降同月末日迄の期間松山管理部に出張方命じたことは証第一号(職員出張命令書)同第二〇号(下関機関区長提出の出張命令簿写)同第二一号(小郡機関区長提出の出張命令簿写)に右と同旨の記載があるにより之を認め右助勤者等が同月十日午前八時判示棧橋より乘船し松山に赴くこととなつた点は吉田熊藏(運輸技官)に対する檢察事務官の聽取書中同の右と同旨の供述により之を認定し其の余の判示事実は
一、証人東岸義昭の当公廷(第八回)に於ける自分は交通新聞社の記者で廣島支局駐在員であるが、昭和廿三年八月九日廣島鉄道局で同日朝松山機関区えの助勤者と阻止する側と何かあつたらしいこと及十日も朝助勤者が出発すると聞き、記事の取材の爲十日朝助勤者の乘つたトラツクに便乘し宇品棧橋え行つた。棧橋待合室入口手前でトラツクは止まつた待合室入口には阻止する側の者が入口をふさぐ恰好で一列に並んでおり眞中からはとても通れなかつた並んだ者の左の方はスクラムを組んでいたが右の方はよく見なかつたので判らない。自分は全般がよく見える場所に行く爲入口左端の開いているところから身体を心持ち橫にして待合室に入り見ていると演説の声がしていると何かざわざわし始め待合室内で直径一間位の丸い人の輪を作りぐるぐる廻つてもみあつていた。公安官や警察官が輪の中の一人の人の腕を引張つて出そうとしていたので、其の輪はスクラムを組んでいたものと思う夫は騷ぎの最初の内のことであつた。警察官や公安官は其の人の輪を割ろうとしていたが阻止する側に暴行しようとするのは見ていないとの供述
二、証人中野孝治の当公廷に於ける(第九回)自分は廣島縣港務所監守であつて宇品棧橋に常駐しているものであるが昭和廿三年八月九日午前八時頃右棧橋出札附近で二十数名の者が松山機関区に應援に行く者を引留めようと騷いでいたが翌十日にも出札口近くから見ていると船の出る間際に待合室外でがやがや騷いでおり、松山行をやめてくれと言う演説が途切れ途切れに聞えたが乘船間際になつて騷ぎが待合室の中に移つて來た。始めは待合室の入口のところで一列になつていたのがスクラムを組んで内側を向いて丸い輪になり松山へ助勤に行く人が其の中に囲まれ説得されているようであつた。其の輪の中から松山へ行く人のように見受けられる鉄道の服の上に作業服のようなのを着た者が二、三人頭髪乱し靑い顏をして急いで出て來た。船は二、三分遅れて出たと聞いている待合室の中で三つの人の塊が出來その内の一つが前述のスクラムの輪であつた。説得が激しかつたから警察官がいなかつたら出帆の間に合わなかつたと思うとの供述
三、証人山本賢佑の当公廷(第十一回)に於ける自分は小郡機関区所属機関士であるが昭和廿三年夏松山機関区の爭議で列車が止つたので自分を助勤として出発を命ぜられ他の小郡機関区所属乘務員四名と八月九日出発し下関機関区から來た乘務員四名と共に十日早朝廣島に到着し宇品棧橋附近宿屋で暫く休息し午前七時四十五分頃トラツクで宇品棧橋待合室前に行き下車したところ待合室正面入口三間位のところで二、三十名の者が全部スクラムを組み横になつて入口をふさいでいた。そして一人の人が自分等を呼び止め演説口調で二分間位松山へ行くのはやめてくれと話していたその内自分の前にいた助勤者が眞中を押し切つて行こうとした爲向つて左側の隅が少し開いたのでそこから待合室に入り後を見ずにどんどん棧橋へ出て行つたが自分の次の者は夫から五分位してやつて來た。船に乘つてから時計のガラスが壞れたとか足が痛いとか言つているものがあり皆一寸不安そうな顏をしており顏色は普通でなかつた自分も喧嘩にでもなりはせぬかと不安であつたとの供述
四、証人松本正の当公廷(第十一回)に於ける自分は下関機関区の機関士見習であるが昭和廿三年八月初頃松山機関区への助勤者募集があり自分は之に應募し出張命令をうけて下関機関区の他の三人と八月九日夜出発し八月十日早朝廣島に着き宇品の宿で暫く休み午前八時前トラツクで棧橋待合室へ着いたそして待合室に入らうとすると入口に大勢の人がスクラムを組んで完全に出入口を遮断して居りその内の一人が我々にスト破りに行くのはやめてくれと演説口調で言つた。その演説が済んで自分は同行の柏君と二人で中央から入ろうと近寄るとそのスクラムはコの字型になつて自分と柏と外二人位を取り囲んだので通せ行くなと暫くもみ合いスクラムは移動しわつしよいわつしよい掛声をかけもまれる内足を踏まれて靴は泥だらけとなり服裝も乱れたが三、四分して警察官がスクラムの腕と腕とを引分けてくれたので改札口を出て行つた。スクラムで取り囲んだのは二十人位であるが阻止した者は三、四十人であつた。船に乘つたのは自分が一番最後であつたとの供述
五、証人植木洋一郞の当公廷(第十二回)に於ける自分は昭和廿三年八月十日所用があつて宇品棧橋へ午前七時頃行つていると二、三十分して待合室の前へ鉄道員らしい人が十人許りやつて來たが之に対し誰かゞ行つてくれるなと言うような勧告をしていたようである。自分は、待合室内の腰掛のところで他の人と話をしていたので正面入口の方はよく見ていないその内正面入口の方がざわざわするので行つて見ると暫くして勧告が終り鉄道員が待合室内へ入りかけた人に混れ込んだがほんの暫くして待合室内に喊声に似たざわめきが起り今考えると共産党の人達であるがスクラムを組んで数人を閉じ込めており警察官はスクラムの中の人を出そうとしスクラムを組んだ側は出すまいとし段々動作が激しくなつたが其の内警察官が鉄道の制服の一人の人をスクラムの中から引張り出したのを見た。スクラムを組んでいる人の中でしつかり組めといつていたのを聞いたとの供述
六、被告人内藤知周の当公廷に於ける昭和廿三年八月十日我々は松山機関区のスト破りに行く者に飜意させる爲、三々伍々宇品棧橋汽船待合室に行つたのであるが同所で待つていると鉄道のトラツクが來てスト破りの連中が下車して來たので自分は、同志の前に出てスト破りに対し松山機関区爭議の意義を説明し飜意するよう五分間位演説したが其の終る頃後方が騷がしくなり見ると同志が警察官に殴られたりけられたりされていたとの供述
七、被告人渡〓力人、日鷹亮〓、沖田重男、松宮伸雄(第二回)三上孝に対する各副檢事の聽取書、被告人森繁平、篠原一男、小川〓美(第一回)に対する各檢察事務官の聽取書被告人佃友一、森本幸設、中村和生、益田重〓に対する各檢事の聽取書中同人等の判示事実に関する各供述記載
を綜合して之を認める
被告人及び弁護人は被告人等の判示所爲は松山機関区の爭議に対するストライキ破り防止の爲になした正当な労働組合運動であるから労働組合法第一條第二項により違法性を阻却せらるべきものである旨主張するが抑々憲法第二十八條に於て勤労者の團結権及團体交渉権を保障する所以のものは労働者をして其の使用者と対等の経済的実力関係に於て雇傭條件を決定せしめようとするものであり右の権利は常に使用者に対するものであることは、此権利が主張され是認せられるに至つた歴史的事実に徴し明白なところである労働組合法第一條第二項は右憲法の規定に則り労働者の労働組合行動の内同條第一項所定の目的達成の爲なした正当なるものに限り違法性を阻却するものとしたものである。從つて同條第二項の適用せられる行動は、労働組合又は其の聯合團体の行動であるか或は仮令未組織であつても少くとも労働者の團体と認め得られるものの其の使用者に対する行爲たることを要するのであるが被告人等の本件所爲は同人等が夫々当公廷に於て自認する如く、各自発意的意思に基く個人的行動であつて特定労働組合乃至團体と何等関係のない行動である。もとより其の目的に徴し之を一の労働運動と称することは妨ないが之を以つて労働組合の行爲なりとし前記法條の適用を主張するのは憲法並に労働関係諸立法等現存の実定法秩序を顧慮しないか或は之を根拠なく不当に拡張解釈しようとする見解である。而して労働組合の行動は労働者が使用者と対等の経済的條件に立つ爲に必要な範囲に於て正当なるものと認むべきであつて罷業破りに対する見張阻止行爲も判示の如き暴力を以つて行うに於ては到底正当な行爲ということは出來ない以上の理由により前記主張は之を採用しない。
次に被告人及弁護人等は松山機関区の爭議は憲法の保障する労働者の基本的人権を守り民族の独立を保持する爲の爭議であり、且労働関係調整法第三十七條所定の手続を経て行われた正当な爭議であるのに対し当時の政府が同年政令第二百一号により之を不法に彈圧しようとしたものである故に労働者の権利に対する國家権力による急迫不正の侵害であり右爭議の一環としてストライキ破りを防止しようとした被告人等の行動は、右権利防衞の爲已むことを得ざるに出でた正当防衞行爲であると主張するので先づ右主張の前提となる松山機関区爭議の適法性を按ずるに当審の証人山内元春、山形勝治鈴木市藏の各証言及四國鉄道局総務部長提出の同局と國鉄労働組合愛媛支部間の覚書写愛媛地方労働委員会事務局長送付の前記支部提訴の調停申請事件に関する報告書國鉄労働組合本部総務部長送付の昭和廿三年六月廿六日附闘爭指令第九号同月廿九日同第十三号の各写を綜合するに昭和廿二年十月廿五日國鉄労働組合愛媛支部は運輸大臣に対する最低賃金制の確立、労働協約による定員配置其の他五項目に亘る要求に付き愛媛地方労働委員会に調停を申請し同委員会は昭和廿三年二月八日両当事者に対し調停案を作成提示したが何れもこれを受諾せず、更に松山機関区の機関助士二人乘務の要求を中心とし給與問題をも含み同支部と松山鉄道局長との間に團体交渉を重ねた末爭議状態に入り一部列車の運休をも生じていたが其の頃國鉄労組本部に於ては、二千九百二十円ベース闘爭を展開していたところ同年三月に入り同ベースと千八百円ベースとの差額を同月二十日迄に支拂うことを條件として政府側申入れを容認し本部はその旨愛媛支部に通達した結果同日同支部に於ても、四國鉄道局長との間に「支部は爭議行爲を打切る既往の諸要求の解決方及一切の爭議行爲については、今後本部の指令による当局は右二項を確認実行することを條件として同日新旧給與差額の支拂を命ずる」旨の覚書が取交わされ四國鉄道局は右差額の支拂を了し茲に右爭議は終息し松山機関区の二人乘務の要求を含む前記要求は支部としては之を徹回し更に之を要求するについては、本部の指令によることを約したのであるが其の後同年六月廿六日に至り國鉄労組本部は当時運輸省の計画していた同年七月一日実施のダイヤ改正に反対し闘爭指令第九号を以て各支部に対し同日以後も現行ダイヤ通りの列車運行を指令したが同年六月廿九日闘爭指令第十三号を以て、右第九号指令を取消す旨及保安の低下規定の改惡労働強化に反対の旨各支部に指令したが一方松山機関区に於ては同年七月十日より新ダイヤ運行による労働強化を叫び愛媛支部を通じ松山管理部長に対し機関助士二人乘務を要求し同月十七日同支部は同機関区に対し闘爭指令第五号を発したので同機関区は爭議を開始したが同月卅日に至り同支部は指令第六号を以て前記第五号指令を取消したところ同機関区乘務員会は右支部の態度を否とし本部指令第十三号によつて爭議を継続すべしと決し爭議を続け同年八月四日首謀者二名の馘首せられるに及んで全面的無期限ストに突入した事実が認められる。
以上の経過に徴すれば松山機関区乘務員会の二人乘務の要求は既に昭和廿三年三月廿日其の他の要求と共に当局側と一旦覚書により交渉妥結し爭議は終息したのに拘らず同年七月初頃ダイヤ改正を契機とし同乘務員会は更に前記要求を掲げて爭議行爲に入つたが、右覚書に於ては当局側の約定したところは前示の通り單に新旧給與差額の支拂であり、労力配置に関し何等の條項もなきに対し組合側は爭議を打切り既往の諸要求の解決方及一切の爭議行爲は本部指令による旨約し支部としては一切の要求を徹回したものであり当局側としては右給與金の支拂を了した以上何ら覚書の不履行を残すものではない、從つて松山機関区乘務員会の二人乘務に関する要求は同支部としては右覚書により解決したものであつて同乘務員会も亦右覚書に拘束せられることは言うまでもないことである。而して前記國鉄労組本部の指令第九号は七月十日以降のダイヤ改正に反対し現行ダイヤ運轉を指令した積極的明白な爭議指令であるが同第十三号指令は之を明瞭に取消し爭議指令を徹回したものであつて保安度の低下労働強化に関し下部組織の判断により個々の爭議行爲を行はしめようとするものとは解し難い從つて七月十七日愛媛支部の発した闘爭指令第五号及之に基く松山機関区の爭議行爲は本部の指令によるものとは言うことが出來ないのであつて、前記覚書による協定に違反するものである。而して既に一度労資双方の覚書により解決して要求事項につき更に爭議行爲に出ずるには新に労働委員会に対する調停申立の手続を経ることを要し此の手続を経ることなく行はれた前記機関区の爭議は違反であると謂はねばならぬ労働関係調整法第三十七條に於て公益事業の関係当事者が爭議行爲をなすには労働委員会の調停に繋属後三十日を経過した後なることを要すと爲す所以のものは只單に調停により極力爭議を防止すると言うのみにあるのではなく其の一般公衆の生活に重大なる影響があるに鑑み拔打的爭議行爲を禁止し公衆に用意の期間を與えると共に爭議当事者の主張並に爭議に対する一般社会世論の熟するを待つ趣旨に出でたものであつて、之に反する爭議は單に形式的違法として同法第三十九條の罰則の適用あるに止まるものでなく更に一般公衆に対する背信的行爲として実質的違法性を伴うものであり労働組合法第一條第二項に所謂正当な行爲ということを得ない。
以上詳述した理由により前記七月十七日以降の松山機関区乘務員会の爭議は違法な爭議であつて之に対し政府並に運輸当局のとつた措置に対抗する被告人等の本件所爲に付ては正当防衞の理論を適用すべき場合に該当せず此点に関する右主張も亦之を採用出來ない。
仍て法律に照らすと被告人高野を除く各被告人の威力を用い運輸省の業務を妨害した点は刑法第六十條第二百三十四條第二百二十三條に内藤及高野を除く各被告人の多衆の威力を示し松本正等に対し暴行を加えた点は暴力行爲等処罰に関する法律第一條第一項刑法第二百八條に該当し内藤及高野を除く各被告人の右所爲は一個の所爲にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四條第一項前段第十條により重い業務妨害に対する刑によつて処断するのであるが高野を除く各被告人に付き右所定刑中有期懲役刑を選択し其の所定刑期範囲内に於て同人等を夫々主文第一項の刑に量定処断するが右犯罪の態樣其の他諸般の事情を綜合し右被告人等に対しては刑法第二十五條を適用し本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予すべきものとし訴訟費用は大正十一年法律第七十五号刑事訴訟法第二百三十七條第三百三十八條に則り高野を除く被告人等をして連帶負担せしめる
被告人高野弘に対する公訴事実は同被告人は三菱重工業株式会社廣島造船所の工員であつてその余の被告人等と共謀し前段認定の犯罪を犯したと謂うのであるが同被告人に付ては之を認定するに足る証拠なく犯罪の証明十分でないから前記刑事訴訟法第三百六十二條に依り無罪の言渡を爲すべきものである。
仍て主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 藤堂貞二 裁判官 幸田輝治 裁判官 日野〓藏)